元自衛官インタビュー

自衛隊から医院事務長へのセカンドキャリアの作り方

プロフィール
富村 良平さん
現職:とみむら皮ふ科 事務長
自衛隊在職時最終役職:航空自衛隊1等空尉

元自衛官キャリアインタビュー Vol.32

経歴

ーー本日はお忙しい中、退職予定自衛官、元自衛官のキャリアを考えるインタビューにご対応いただきありがとうございます。まず、富村さんの経歴を教えていただけますか。

富村さん:私は横須賀の防衛大学校を卒業後、奈良の航空自衛隊幹部候補生学校を経て、岐阜の第4高射群に配属され、高射運用幹部として勤務していました。

その後、防衛大学校の理工学研究科の修士課程を修了。修了後は、航空開発実験集団の電子開発実験群に配属され、家族の事情で退職するまで技術幹部として仕事をしておりました。

今は、姉が院長を勤める長崎県のとみむら皮ふ科にて事務長として、人事やマネジメント業務といった医院経営に関する仕事をしています。

技術幹部として歩んだ自衛官キャリア

ーー自衛隊に入隊された背景と在職時の職務内容を教えていただけますでしょうか。

富村さん:私は佐世保の相浦の出身です。

佐世保は海上と陸上自衛隊の部隊があるため、小学校や中学校の同級生にも自衛隊関係が多く、自衛隊に対してはあまり抵抗がありませんでした。

そうした下地はあったものの、父が医師であったこともあり、現役は医学部を受験しました。ただ、残念ながら医学部に落ち、浪人することになります。

その当時お世話になった予備校の寮長が、自衛隊幹部OBだったんですが、防衛大学校も受けてみたらと言われ、医学部受験の練習のつもりで理工学科を受験しました。

防衛大学校は合格したものの、結果的に国公立の医学部には受からず、2浪するか、それとも防衛大学校に進学するか選択に迫られます。

「このまま浪人を続けた結果、また医学部に合格できなかったら」という不安やそれまで生活の全てを親に頼ってきたという自覚から、「医学部を諦めるなら、親に頼らず、自分だけの力でどこまでいけるのか試してみたい」と考え、入校を決めました。

そのため、「国を守りたい」という、崇高な意志で入校を決めたわけではありません。ただ、防衛大学校在学中に受けた教育で、「自衛隊」や「国防」に対する認識は、大きく変わり、行動も変化しました。

在学中に心身ともに強くなるべく、レスリング部へ入部し、2年時には、60kg級東日本大会で3位や全自衛隊大会でも3位と結果を残せました。

その後、航空自衛隊へ配属され、「高射運用幹部」という、ペトリオットというミサイルシステムを装備する部隊で2年勤務。

防空戦闘を担当する部隊で、当時は北朝鮮が弾道ミサイルの発射実験を頻繁に行っていた時期で、弾道弾対処のための機動展開訓練、展開後の防空戦闘の訓練をしています。

当時、最新機器であるPAC-3が配備されている部隊で、防衛の最前線部隊で勤務するという、大変良い経験を積ませていただきました。

その後、高射部隊で仕事をしている時、防衛大学校の理工学研究科へ合格。

防衛大学校理工学研究科では、防衛大学校学生時代の恩師の研究室にお世話になり、制御工学の研究を行っていました。

この時に同じ研究室の先輩から、技術幹部職種の話を伺う機会があり、仕事が面白そうだと感じたことが、その後技術幹部になるきっかけでした。

大学院を修了後、希望通り、技術幹部になり、東京都府中市の電子開発実験群という部隊に配置されました。それ以後は退職するまで技術幹部として勤務し、開発評価隊では、弾道ミサイルの軌道解析を行う業務に従事。

その後配属された技術調査隊では、要望の上がった場所での電波収集と、それを解析した結果を報告書として作成する電波環境技術調査の仕事をしていました。

防衛大学校時代訓練

ーー技術幹部としても活躍されたんですね。では、自衛隊在職中の思い出に残るエピソードがありましたら教えていただけますか。

富村さん:防衛大学校在学中にF-15の戦闘訓練に体験搭乗させてもらったことです。

覚悟はしていたものの、想定以上にG(搭乗中の体への圧力)がかかり、グレイアウトしたことです。意識がだんだんと薄れていく中で、視界から色が抜けていき、セピア色のような視界になっていきます。

訓練時に指導された腹筋に力を入れることで、脳への血流を回復させ、ぎりぎり失神は防げましたが、戦闘機パイロットはこんな過酷な状況で戦っているのかと、本当に驚きました。

こうした体験もあり、私自身は、裸眼視力が悪くパイロット適性がなかったため、他の戦闘職種で航空自衛隊に貢献したいと考えたのが、高射運用幹部になろうと決めたことでもあります。

レスリングの試合

実家の医院を事務長としてサポートするためやむなく退職

ーー失神しかけるくらいの過酷な状況なんですか。そういった状況に従事されているパイロットの方々へは尊敬しかありません。ここから転職に関してですが、なぜ自衛隊から転職されたんでしょうか。

富村さん:家族の事情になります。

自衛隊を退職する2年ほど前、父が前立腺癌のステージ4で、全身の骨に転移が拡がっており、いつまで生きられるかわからない状態だと宣告されました。

父は10年近く前から前立腺癌の治療をしていたため、そうした覚悟はしていたものの、開業している父の医院をどうするかという話になりました。

ついてきていただいている患者さんもおり、父なしでは、医院は継続できません。家族で話し合った結果、他病院で勤務していた姉が勤務先を退職し、医院を引き継ぐことが決まりました。

とはいえ、姉一人では医院の運営をするのが大変です。そこで、私に帰ってきて、医院の運営を手伝ってほしいと父と母から打診がありました。

この時、私は技術調査隊で総括班長と調査班長を兼務していたのですが、当時職場はかなり忙しく、隊の幹部は残業時間が月に100時間を超えるのは当たり前で、残業時間が月に140時間を超えるようなこともある状態でした。

そんな状況で退職をすると部隊へも迷惑を掛けてしまうと、後ろ髪をひかれますが、父の容態も徐々に悪化しており、あまり猶予がないと判断。

その年の5月に「今年中に退職させてください」と、隊長と群司令に相談しました。「同じような家族状況でも退職せずに勤務している隊員はたくさんいる」、「やめてもらってはこまる」という説得はありつつも、家族の事情があります。

「医院の改修工事とその後の診療開始の時期から6ヶ月後の、今年12月に退職したいです」と伝えたところ、「交代要員が確保できるであろう来年の4月までは勤務してほしい」と言われましたが、医院に迷惑を掛けると、家族だけでなく地域そして患者さんにも迷惑を掛けてしまいます。

こちらもそのように説得し、12月退職が決まりました。個人の都合を優先させたため職場には迷惑をかけましたが、その分、ギリギリまで仕事をし、できるだけ負担が掛からないようにしていきました。

そして、退職した3か月後には、もはや父はベッドの上からも起き上がれない状態になり、その3ヶ月後に息を引き取りました。

部隊には退職時期に迷惑を掛けましたが、父へは、地元で一緒にいられて、初孫の顔も見せられ、せめてもの親孝行ができたのかなと思っております。

自衛隊現職時代の富村さん

ーー少しでも一緒にいられてよかったですね。転職時の就職情報収集、スケジュール、準備等が必要だったと思います。どのような準備をされましたか。

富村さん:医院の事務長職を、母から引き継ぐことが決まっていました。

そのため、具体的な仕事内容を確認しましたが、「医療行為以外の、院長がやらなければならない業務のうち、業務時間中にできないことを代行して行う」というざっくりした話をされ、当初は頭の中がハテナマークでいっぱいでした。

一般的に医院の事務長は、院長の奥様がしていることが多く、ネットで検索してもあまり具体的な仕事内容がつかめません。

このため、あまり準備はせず、実家に戻ってから母から徐々に学んでいこうと割り切りました。

ただ、移動は大変でしたね。東京から地元長崎へ戻るため、本来は退職前に有休を取って、退職後の準備をするべきですが、休暇を取る余裕も無かったため、相当家族に助けてもらいました。

結果的には、現場に入って母から申し送りを受ける中で、工事関係者、会計士さんとの挨拶から、会計、人事業務、外とのやりとり等で、医院をマネジメントできる内容は、3ヶ月ほどでキャッチアップできました。

ですので、ムリに事前に業務を把握したり、準備するよりも入ってから覚えたり、実行した方が効率もいいかなと思います。

医院の事務長職は自衛隊キャリアが活かせる

ーー医療機関の事務長職は、どのようなお仕事をされていますか。またご自身の今後のキャリアをお聞かせください。

富村さん:おおむね以下の業務です。

  • 職員の勤務時間管理
  • レセプト請求関連業務、金銭管理(職員の給与振り込み、諸々の支払い、売上管理等)
  • 業者対応(見積もりの依頼や発注、工事関係のものであれば作業の立会)
  • 建物の管理(補修箇所がないかの確認や、消防施設点検の立会)
  • 経営管理(公認会計士事務所に必要な情報を渡してミーティングをして今後の計画を立てる等)

受付スタッフは2名いますが、休むスタッフがいるときは受付の窓口業務(患者さんからの聞き取りや受付登録、会計処理等)もやっています。

クレーム対応もしますし、その際必要に応じた対応をすることもあります。院長や働いているスタッフがやると決まっている仕事以外の仕事が発生した場合、基本的に私の仕事になります。

医院にいることが前提の仕事で、朝の警備保障会社の警備解除から、最後に戸締りをして警備装置を有効にするところまで私がやっていますので、診療を行う日は必ず出勤しています。

今後のキャリアアップという点では医療経営士の勉強をしています。

資格を取る必要はないと院長から言われていますが、事務長として必要な知識になりますので、少しずつテキストを読み込んでいます。

日本の近代医療の歴史からスタートなのですが、当たり前に提供されている保険医療が、今のような形になっていく変遷は勉強していて大変ためになります。

事務長の富村さん

ーーなるほど、医院経営の医師との大黒柱のような存在ですね。業務内容をお伺いすると自衛隊幹部での業務も活かせるように感じます。

富村さん:そう思います。人事マネジメントや物品購入で外部業者とのやりとりは通常業務でしていましたし、まだ若い医院ですので、日々改善、改良を重ねて、患者さんや従業員に居心地のよい環境を作る必要があります。

そうした改善、改良は自衛隊幹部時代に常に考え行動していた思考過程ですので、生かせていると感じます。

もともと業界関係じゃないことから比較的リベラルで偏らない提案ができているのではないかと感じています。

自衛隊で培った業務改善思考は民間でも活用できる

ーーそうですね。医院の事務長もセカンドキャリアの選択肢となりそうですね。では、富村さんが考える、自衛官だった事で活用できる能力、マインド、スキル等ありましたら教えてください。

富村さん:実際にやってみてわかったのですが、医院の事務長はなんでもやる総合職です。

そのため、「与えられた仕事をこなす」ことも大事ですが、「自分で仕事を探す」ことも大事です。

自衛隊では業務改善をテーマに、ワーキンググループを作って日々の仕事の質を高める活動をしていますが、それに近いです。

少しでも院長や医院のスタッフ、自分が働きやすい環境を整備することを、常に頭の片隅に置き、困っていることや必要な物品がある場合には、スタッフが私に気兼ねなく相談をできる環境作りにも気を使っています。

自衛隊では、当たり前のように行い、定着しているこうした考え方、行動は、どのような仕事をするにしても生きてくると考えます。

そうした観点から、さらに言うと、退職前に、自分の部署やその他の部署で、どのような業務改善が行われていたのか、資料を読み返しておくことをおすすめします。

これから転職・再就職する自衛官へのアドバイス

自衛隊の常識でも社会の非常識に気を使いましょう

ーー業務改善思考ですか、大変重要な考え方です。では、最後にこれから再就職をする人に向けてのアドバイスをお願いいたします。

富村さん:仕事上、自衛隊を定年退官された老人介護施設の送迎ドライバーの方とお話をすることがあります。

元自衛官でも、長く同じ仕事をしている方は、雰囲気が柔らかいのですが、再就職したばかりの方は、なぜか偉そうな雰囲気が出てしまっていることがあります。

部隊の中で得た階級や役職は、曹長だろうが、1佐だろうが、退職したら一切関係ありません。

無意識かもしれませんが、この雰囲気をまとったままだと、再就職先で浮いてしまうかもしれません。

再就職という「新しいスタート地点」に立つにあたって、心構えもフレッシュになれたら、再就職先でも溶け込みやすいのではないかと思います。

固い、怖いという印象を受けてしまうのは、もったいないですしね。

また、自衛隊の中と外では、自衛隊内で常識だったことが非常識であったり、逆に世の中で常識であることが自衛隊の中では非常識であることが往々にしてあります。

なにげない会話で、「煙缶(えんかん)」と言っても、「灰皿」のことだなんて理解してもらえませんし、書類の確認をしてもらう際に、「合議(あいぎ)」と言っても、それが「合議(ごうぎ)」のことであると理解できる人はいないでしょう。

言葉の例は些細なことではありますが、言葉だけではなくいろいろな面で、些細なギャップに気付き、埋めることは大事だと思います。

自分から歩み寄りをしないと、中々こうしたギャップは埋まりませんが、努力は必ず報われます。

そういう努力をしていくうちに、新しい仕事にも自然に溶け込んでいけるのではないかと思います。

外に出て改めて気付くことは、自衛官は基本的にいい人が多いということです。誠実さや真面目さは、自衛隊内の組織や文化によって醸成されると感じます。

そのため、良い部分は生かしつつ、社会とのギャップを修正すると民間企業においても良い形でセカンドキャリアが歩めると思います。

ただ、なかなか自分では気付き辛いと思いますので、そうした際は、家族や友人に自分の印象を聞き、素直な意見を言ってもらうことが良いと思います。

ーーありがとうございました。富村さんへメンターとしてコミュニティで直接話を伺えますので、ご希望の方は下記よりお申し込みください。

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