元自衛官インタビュー

自衛隊から自衛隊式組織作りメソッドを活かした起業チャレンジ

プロフィール
三好 雄介さん
現職:えひめ中小企業研究所代表、えひめ農園副代表
自衛隊在職時最終役職:陸上自衛隊1等陸曹

元自衛官キャリアインタビュー Vol.33

経歴

ーー本日は退職予定自衛官、元自衛官のキャリアを考えるインタビューにご対応いただきありがとうございます。まず、三好さんの経歴を教えていただけますか。

三好さん:まず自衛隊へは、家庭を持ったこともあり、大学4年時に陸上自衛隊へ入隊しました。

レアなケースですが、自衛隊は通年採用しているので、それができたんですよね。

新隊員教育を板妻で受けた後、愛知県の守山駐屯地の第35普通科連隊に所属していました。在職中、2011年の東日本大震災への災害派遣やハイチへのPKO勤務も行なっています。

教育隊で勤務したのち、地方協力本部で、広報官として勤務。主に募集業務に関わっていました。

未来の自衛官を募集したり、広報をしていたため、大変やりがいのある仕事でしたが、自衛隊以外の仕事の可能性も考えていたため、2020年に思い切って自衛隊を退職。退職後はまずスイーツ販売の会社で、店長兼営業部長をしていました。

そして、2021年に、えひめ中小企業研究所を創業。企業へマーケティングや教育研修、教育規則等のコンサルティングを行っています。また、農園を妻と共に運営し、ECサイトを通じて主に柑橘系のフルーツを販売しています。

大学在学中に入隊し、PKO派遣も経験した自衛隊時代

ーー在学中の入隊とは驚きました。ただ、公安系の仕事はいろいろありますが、その中で自衛隊を選ばれた背景を教えてください。

三好さん:入隊した背景は、家庭を持つため、安定した経済状態を得る必要があったことと、人のためになる仕事がしたかったんですよね。

そこで、公安系の仕事を考えていた際に、警察とか消防は、季節採用なんですが、自衛隊は通年で採用しており、すぐにでも仕事ができました。

また、何かあった時に大切な家族を守れる状況を自ら持ちたいと思い自衛隊に決めました。

そこで、愛媛県から神奈川県まで自衛隊を受験しに行き、無事合格。静岡県の板妻駐屯地で新隊員教育を受けました。

ーー大学は中退せず?

三好さん:よく聞かれますが、卒業しています。大学3年次までに単位はほぼ取れており、それも優秀な単位だったため、ゼミの教授からも許可いただき、入隊中に、卒業論文を出しに行く状況まで修了していました。

なので、掛け持ちも可能だったんです。そして、無事卒業論文でも単位を取得しました。卒業式は、奥さんと子どもを連れながら、自衛隊の制服で参加したので、大学同期には驚かれましたね。

ーー制服だと自衛官とすぐ分かりますね。新隊員教育を板妻で受けたのちは、どのようなお仕事でした?

三好さん:初任地は、愛知県の守山駐屯地です。普通科の通信小隊で勤務していましたが、途中に東日本大震災の災害派遣やPKOでハイチへ派遣されたりした後に、募集業務に関わりたいという思いから、希望を出して、愛媛の地方協力本部へ転属になりました。

地本の業務は、自衛官候補を発掘するという任務のもと、隊員の募集を高校や大学の就職説明会で説明をしたり、学校の先生と連携して、自衛官へ興味ある学生をある意味、口説き落とすのが仕事です。

地方協力本部の広報官業務の経験

ーー自衛隊の定員充足が難しい中、大変な任務でしょうね。

三好さん:そうなんですよ。結構泥臭い仕事で、ある意味、民間企業でいう営業に近いと思います。

営業に近いので、口説き文句もあります。

「入隊すると、人生が変わるきっかけになる。」

と伝えると、進路に迷っている生徒の多くは、目の色が変わって肯定的に自衛隊を捉えてくれたのが印象的です。

もちろん、きつくて、しんどい期間でもあるとも伝えていましたが、それも良い経験になるよねと肯定的に捉えてもらっていましたね。

海外の軍人は周りから敬意を持たれてると実感したPKO派遣

ーー三好さんは説得が上手そうです。現場勤務の時の思い出やエピソードがあれば教えていただけますか。

三好さん:自衛隊の場合、正直毎日がエピソードだらけですが、強い思い出といえば、PKOのハイチ復興支援業務でしょうか。2010年に発生したハイチ大地震災害に対する緊急の復旧、復興、安定化に向けた支援をするために被災地の復興支援業務に行きました。

復旧作業自体は、施設科が主担当になります。僕は普通科だったため、施設科が行なっている作業の周辺警備が任務でした。

災害を受けて、治安悪化の可能性がある中で、作業中はほぼ無防備状態です。そのため、施設科の隊員が安心して作業に当たれるように警備をするんです。

ーー緊張感がありそうです。

三好さん:たしかに実弾を持ちながら警備をしているんですが、そんなことお構いなしに現地では子どもがお菓子をねだってきたり、話し掛けてくるんです。

変に緊張感を持たせずに、和気あいあいとあえてすることで、現地とよい関係作りやコミュニケーションが作れ、有用な情報が得られるんだなと感じました。

ただ、先陣部隊は、装甲車の外側に付けていた装備品の一部を盗まれることもあったようで、それ以外にも現地は窃盗が多く、それには気をつけていました。

また、強く印象に残ったのは、海外における軍人への敬意です。それは、ハイチ勤務中に1週間程度の休暇をもらい、アメリカへ行った際に感じました。

そこで、入国の際に、一般人と同じレーンに並んでいたところ、入国審査の担当者から、

「なぜ、同じレーンでならんでいるんですか?!」

と、慌てたように特別レーンへ案内されました。

「軍人であれば、特別対応することは当然だし、国に貢献してもらっているので特別対応は当然の権利なんです」

と言われました。

特別対応が良いかどうかは別としても、敬意を持たれているんだなという印象を受けましたね。

それと同時にアメリカという先進国においても米軍が比較的充足されている理由は、給料はそれほど変わらないのかもしれませんが、敬意という別のインセンティブがある結果、就業の選択肢の後押しになっているのかなとも感じました。

新たな可能性を見出すために自衛隊から民間企業へ

ーー転職に関して、なぜ自衛隊から民間企業へ転職されようと思ったのでしょうか。

三好さん:簡潔に言うと、自衛隊で経験できることと僕が貢献できる任務をすべて経験したと同時に、自衛隊でやりたいことはすべてやり切った思いがあり、新しいことに挑戦したいという気持ちが芽生えたことです。

実は広報官をやる前にも、自分の可能性を試したいので、辞めたいと上司に相談をしたことがあります。

その時には、民間企業で何にチャレンジしたいのかと問われて、営業をしたいと伝えました。

そこで広報官職を勧められ、関係者との信頼構築や課題解決を求められる仕事だと考え、異動しました。

順調に成果を出せた結果、自分は人付き合いや組織作りに関心があるんだなと気付き、また民間企業でも活躍できる自信が付きました。

自分のやりたいことをある程度見つけてから、それに関連する著書、とくに経営コンサルタントとして有名な神田 昌典さんの本を読み漁ったり、組織論や戦略に関して自分なりに勉強をする中で、中小企業の組織コンサルタント職が自分に腹落ちしてきました。

広報官でお付き合いのある中小企業の経営者や人事の方と話をしていると、組織作りに非常に苦慮しています。

私自身、自衛隊という大きく、ある意味確立された組織にいるため、気付かなかったのですが、自衛隊で培った組織の経験と知識は価値になると感じました。

自衛隊の組織ナレッジを民間企業で活かす!

ーーなるほど。自衛隊組織の組織ナレッジは大変価値がありそうですね。

三好さん:そうなんです。自衛隊は、圧倒的な巨大組織で、多様な人たちの集まりですが、方針が決まれば、ひたすら達成に向けて突き進みます。有事の際は最悪自らの命を掛けても任務の遂行をします。

なぜそういった組織を作れるのかを自分なりに考え、体系化し、メソッドを考えました。

ただ、自衛隊メソッドが果たして受け入れてもらえるのだろうかと考え、まずは、お付き合いのあった中小企業で組織作りやマネジメントを実践させてもらう機会をもらい、まずはそこへ転職をしました。

ーーそこがスイーツ販売企業な訳ですね。ただ、転職時の就職情報収集、スケジュール、準備等が必要だったと思います。どのように進められたのでしょうか。

三好さん:広報官の時に知り合いになったいくつかの企業へ相談したところ、手前味噌ですが、ひくてあまたな状態でした。

大資本の会社からのお引き合いもありましたが、自分の考える組織作りを実証したいという思いから、ベンチャー企業を選択しました。

退職意向を3月初旬に伝えてから、実際に退職したのが6月末でしたので、4ヶ月くらい退職には掛かっていますね。

なので、次に行く企業へもある程度時間が掛かってしまうことを伝え、理解してもらっていました。

転職後、起業のためにとことん成果を追求

ーー現在は、起業されていますが、それだけ、この会社で学ばれたのでしょうか。

三好さん:そうですね。自衛隊での知見や自分で学んだことを、企業で行うとどのように変化するのかを考え、試行錯誤しながら組織作りや仕組化をしました。

その他、営業責任者としてマーケティングを学びつつ、実際に事業計画を作ったり、東京に新しく店舗を出店するので、その東京進出の責任者も任されたりと、短い期間でしたが、幅広い業務を任せてもらい、ノウハウを得られました。

ーー覚えることもたくさんあって大変だったんじゃないでしょうか。

三好さん:それが、全く新しいことばっかりだったかというと、そんなこともなく、自衛隊で行なっていた計画作成から実行と管理業務に非常に似ている部分が多くありました。

自衛隊でも戦略→戦術→作戦→結果検証という流れで計画が降りてきて、各部署で作ると思いますが、その思考性は企業でも非常に似ています。

大きく違うのは、売上、コストといった数字があるか無いかですかね。その辺りは自分で学ぶことにより補完していきました。

実績を出すための努力を惜しまず

ーーそこに繋がりそうですが、自衛官だった事で活用できる能力、マインド、スキル等ありましたら教えてください。

三好さん:総じたお話になりますが、まず、目標設定や計画の建て方とその後の軌道修正は、自衛隊でもよく行なっていましたので、そうした思考は活用できると思います。

また、組織作りは、作ることと自分が動かすことの両方で価値を提供できると考えますね。

僕は、転職した企業で任された仕事では、コロナ禍において立ち上げたにも関わらず、8ヶ月で1億円近い売り上げ実績を作りました。店舗も東京駅、渋谷駅、あべのハルカスといった出店計画とその実行までを担いました。

ーー自衛隊から民間企業への転職後と思うと、すごい実績ですね。

三好さん:もちろん自衛隊在職中からマーケティングや組織作りに関する勉強をして準備を進めていましたが、自衛隊の作戦計画の作り方は大変参考になり、そのまま事業計画にもなりました。

現在は、そうした実績から仕事の引き合いをいただくことが多いですが、自衛隊時代に日常的に行なっていた計画作成方法、目標設定をして、実行し、検証するといったプロセスは企業へコンサルする際にも非常に役に立っています。

ただ、それだけですと売上の立て方のコンサルに終わってしまいます。

経営者も当然売上が最重要なので、目先の売上に着目してしまいますが、そのきっかけがなぜ起こせるのかまで落とし込めている企業が少ないと感じています。要点は何なのかを掴むことが大事です。

これを理解して、組織作りをしないといつまでたっても自分が動かなくてはいけないんですよね。

そのため、企業の組織レベルや企業規模に合わせて、アドバイスや組織作りサポートのために手を動かしています。

これから転職・再就職する自衛官へのアドバイス

成功している人は陰で圧倒的に努力しています

ーーなるほど、自衛隊時代にやっていた仕事が企業でも活かせるということでした。では、三好さんから、これから再就職や転職をする人に向けてのアドバイスをお願いいたします。

三好さん:昔は、定年自衛官採用すれば、防衛産業は数億円受注できるので、スキルもなく、再雇用みたいな状況もあったようですが、いまは100%無いですよね。

また、一般隊員でも元気があって、素直で、時間管理ができているくらいのスペックであれば、世間は許してくれると思っている自衛官が、多いんですが、真逆です。

仕事ができなければ、企業にとっては必要無いですし、むしろ自衛隊は仕事ができなくてもいさせてもらえるので、はるかに優しい組織だという認識をした方がいいです。

そのため、夢があるくらいじゃだめで、野望くらいの感覚でセカンドキャリアを考える必要があります。

やりたいことくらいのレベルであればみんな持っていますので。

なので、「休みが多いところに行きたいので、窮屈な自衛隊を辞めたいからとりあえず辞める。」このような理由での退職はあまりおすすめしません。

しっかりと何ができて、何をしていきたいのか、そして準備することが重要です。

それでも、若い人へは、企業も突然それほど高いレベルは求めていなく、むしろ人間性を見せた方がいいですよ。始業時間前に出社して、とにかく学びたいという姿勢を見せるとか。

こんな話をすると一見、ブラック企業を助長しているように聞こえるかもしれないんですが、活躍しているYouTuberや成功しているベンチャー社長は1日8時間だけ働いて、成功しているわけではなく、見えないところでかなり努力しているんですよね。

動画見ていると、一発で楽に儲けられると勘違いしがちですが、そこは理解した方がいいです。

なので、難しいことではなく、一生懸命になんでも頑張る、挨拶ができる、時間管理ができるといった基礎をしっかりしてもらいたいですね。

伸びしろがあることが重要で、今知らなくても、素直に勉強して、身につけていく人が伸びているし、企業も育ててあげたいと思います。

まずは準備し、入社したならば愚直に頑張って欲しいと思います。


ーーありがとうございました。三好さんへメンターとしてコミュニティで直接話を伺えますので、ご希望の方は下記よりお申し込みください。

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