プロフィール
井澤 寛延さん
現職:株式会社インターネットイニシアティブ ビジネスリスクコンサルティング本部 シニアコンサルタント
自衛隊在職時最終役職:航空自衛隊2等空佐
経歴
ーー本日はお忙しい中、退職予定自衛官、元自衛官のキャリアを考えるインタビューにご対応いただきありがとうございます。まず、井澤さんの経歴を教えていただけますか。
井澤さん:防衛大学校(94B)を卒業後に、航空自衛隊幹部候補生学校へ入校。幹部候補生学校卒業後は、電子小隊長としてレーダー部隊へ配属されました。
レーダーサイトで勤務した後、筑波大学大学院経営・政策科学研究科へ行きました。大学院では経営学、オペレーションズリサーチや統計学を学び、修了後は、情報職種へ転換し、情報部隊や 航空幕僚監部(空幕)の調査課で勤務しました。
そして指揮幕僚課程試験合格後に、フランス共和国軍大学へ留学、その後は空幕、情報部隊の部隊長、幹部学校の教官、司令部幕僚という自衛官のキャリアを歩んできました。
その後、2018年、47歳の時に縁あって、現在の勤務先である企業へ転職し、現在はプライバシー保護やデータ保護の部署でシニアコンサルタントとして働いています。
また、企業内中小企業診断士として、主にビジネスリスクマネジメント、BCM・BCP(事業継続マネジメント・計画)、経営戦略立案の分野で活動しています。
自衛隊在職中の大学院で経営を学ぶことで、民間企業のマインドを理解
ーー井澤さんは自衛隊でも少し特殊で、大学院で経営学を学ばれているんですね。
井澤さん:もともと航空自衛隊幹部候補生学校時代から、第一志望で情報職種を希望していたんです。ただその期は情報職種の枠がなく、レーダーサイト等で空の監視を行う警戒管制部隊に配属されました。
その後、筑波大学大学院経営・政策科学研究科の履修を命じられ、入学しました。大学院では経営学や統計学、オペレーションズリサーチなどを学び、自衛隊ではなかなか得られない知見や知識を得ました。修士(経営科学)も取得しました。
そこから情報分野でキャリアを重ねていき、空幕勤務や部隊長も経験しています。情報業務に加え、部隊運営管理、予算、教育、情報保全も担当していました。
災害や事故などの対応を通じて、リスクマネジメントの重要性を知る
ーー結果的に自衛隊在職中だとなかなか得られない経営系の視点が得られたのは興味深いですね。航空自衛隊での情報職種ですと、さまざまな経験をされていそうです。
井澤さん:そうですね。所属していた部隊の航空事故や東日本大震災、熊本地震、北海道胆振東部地震など、さまざまな経験をしました。
中でも北海道胆振東部地震は過酷な状況でした。地震発生直後、北海道全域がブラックアウトしました。災害派遣担当ではありませんでしたが、部隊運用と任務遂行を継続する立場にあり、燃料や食料が少なくなっていく中で、部隊機能や活動を継続させるために何を優先させていくかで大きく悩みました。
災害発生時の対応では、計画や方針はあるものの、現場での意思決定には準備された答えや、正しい答えがありません。ただ、答えが無い中でも部隊長は、解を出して、人を動かさなくてはいけません。
何を犠牲にし、何を守るかの優先順位を検討・決定し、任務を適切に遂行する必要があり、そうした経験がリスクマネジメントへの関心に繋がりました。
震災のように、日常では起きないことが突然起きることがあります。日頃から災害への対応や準備が大事といいながらも、いつ起きるかわからない災害に、平時から100%の備えと貴重な経営資源を投入することは現実的ではありません。
企業活動では、売上や利益を上げるための部門や部署のようなプロフィットセンターに対し、企業のリスクマネジメント部門は、売上利益直結では無いためコストセンターといわれています。
しかし、災害や不祥事、法令違反のような事態が発生し、企業活動が停止すると、収益機会の喪失や損失の発生により、企業の目標達成が阻害されるだけでなく、社会的信用の失墜といった長期にわたる悪影響にさらされるおそれがあります。
そして企業のリスクマネジメントを適切に実行し、企業が社会的責任を果たしてコンプライアンスを十分に実行できれば、取引先や消費者、市場などのステークホルダー、ひいては社会から信用を得て、ビジネス拡大に繋がる環境を整えられます。
コストセンターであるリスクマネジメントが、企業へどのような価値を生み出せるのかを考えることが、今の仕事を志望するきっかけともなりました。
年収を下げずにセカンドキャリアを築くために行動するべきこと
ーー興味深いリスクマネジメントのあり方に関する洞察です。ここから転職に関してですが、47歳からの転職はかなり大変だったのではないかと思います。なぜ自衛隊から転職されたんでしょうか。
井澤さん:専門分野のプロフェッショナルとして、収入を下げずにセカンドキャリアを築きたいと思ったことが動機ですね。自分なりのプロフェッショナルの意味を考えると、これは譲れない条件でした。
ある年齢になってくると、組織でのキャリアの先が見えてきます。自分自身のキャリアがそのまま自衛隊という組織で終わるのかと考えていた際に、現在の仕事の話をいただきました。
自衛隊を定年まで勤め上げ、50代半ばから大きく年収が下がるであろう定年後のセカンドキャリアの現実を考えた結果、専門分野のプロフェッショナルとして収入を下げずに、日頃から関心があったリスクマネジメントに繋がる仕事への早期転職を選択しました。
ーーなるほど。非常に現実的な選択ですね。
井澤さん:そうですね。自衛隊に長くいると、いずれはセカンドキャリアを考える時がきます。同じ年収レベルで定年後のキャリアを築きたいと思うと、なかなか狭き門になります。
私は大学院在籍中に経営学を学びました。そこから組織経営に興味を持ち、中小企業診断士合格を目指しました。中小企業診断士資格を2014年に取得できていたことも、民間企業へ転職する際の自信に繋がりました。
自衛隊は、非常事態の際にその機能を発揮する組織です。何かが起きた際に、その機能が価値として現れます。そのために、多額の国家予算で体制整備が進められています。それは、民間企業であったとしても同じです。
問題や課題を抱えて困っている企業や人へ、タイムリーかつ必要十分な質と量で財やサービスを提供し、その価値が認められれば、ふさわしい対価を得て年収を維持向上させていけます。そこにプロフェッショナルとしての価値があると考えます。
ーーたしかに、継続して所得を維持していくことは重要です。どのように転職されたんですか?
井澤さん:自衛隊在職中に人材紹介会社から声をかけてもらったことが今の会社を知ったきっかけです。
中小企業診断士の資格を取得後、いずれはセカンドキャリアを考えた行動をしなくてはならないと考えていました。業務もかなり忙しく、そうした行動をする余裕はなかったのですが、40代半ばになったあたりで、転職サイトや人材紹介会社へ登録だけはしました。
そのうちの数社から、リスクマネジメント系の会社や業種を紹介受ける機会があったので、数社応募しました。
そうした活動を通じて、自分がやりたいと思う仕事のイメージも固まってきました。活動当初は、応募先の企業のことがよく分からなかったり、自分のことをうまく説明できないこともあり、先方の会社から採用見送りを受けることも多かったです。
ただ、就きたい仕事のイメージが固まってからは、採用の声がけも多くもらえ、その中で自分に合った会社として今の会社を選びました。
知識系総合格闘技の仕事の面白さ
ーー受けながら、仕事のイメージを掴んでいったかんじですね。いまは、どのようなお仕事をされていますか。またご自身の今後のキャリアをお聞かせください。
井澤さん:仕事は、プライバシー保護やデータ保護のコンサルティングです。主に日本の個人情報保護法、欧州のGDPR(EU一般データ保護規則)、中国のデータ保護関連法などの遵守対応の支援をしています。
具体的には、クライアント企業から商品やサービスに関する相談を受け、世界のプライバシー保護法に合わせて、プライバシー保護や個人情報保護のマニュアルや法定文書のドラフト作成支援の対応をします。
また、個人情報に関するデータマッピング、作成資料のチェック、定例会等を通じて、法令遵守状況の確認やプライバシーリスクマネジメントの実行支援を行います。
クライアントにはグローバル企業が多いため、語学はもとより、各国のプライバシー保護に関する最新の知識や情報を常に収集していく必要があります。
法律だけでなく、クライアントのビジネスそのものや、プライバシー関連のIT技術(プライバシーテック)まで、いろいろな側面で知識や最新情報をおさえないといけません。さらに英語に加えフランス語や中国語などの外国語で情報を収集、理解、把握することも求められるため、個人的には「知的総合格闘技」といっています。
ーー知的総合格闘技!パワーワードですね。自衛隊と比較した仕事のやりがいは?
井澤さん:自衛隊は、災害派遣や有事といった不定形な脅威を相手に、任務を達成するために、不確実性を洗い出し、対象となる脅威に優先順位をつけて、最大の効果を得られる戦い方を選択します。
一方で今の仕事では、プライバシーや個人情報の保護という、世界の最新の課題分野に取り組み、法律の制度をベースとして、それを遵守し個人の権利やプライバシーを保護しつつ、クライアントのビジネスの成長と収益向上のお手伝いをしています。
世界的に展開している企業も、プライバシー保護や個人情報の取り扱いについて世界中で批判や制裁を受けることがあります。そのため、グローバルに事業を展開する日本企業の多くも対応に苦慮しています。
法律や情報セキュリティ等の最新の知識を押さえたり、弁護士や専門家と議論したりと毎日勉強することばかりですが、それが苦でない人であればおもしろい分野だと思います。
好奇心を持ち続けることがキャリアの推進力に
ーー自衛官だった事で活用できる能力、マインド、スキル等ありましたら教えてください。
井澤さん:私の場合は、自衛隊で歩んだキャリアが少し特殊で、大学院で経営学や統計学、オペレーションズリサーチを学んでいます。そうした知見や、情報部隊勤務を通じて培った情報収集分析力、課題の立て方のスキルなどは、現在の仕事へ直結しています。
そのため、比較的セカンドキャリアを選択するには有利だったかと思います。それでも、現在のキャリアに辿り着くのに10年以上必要としました。
自衛官の頃も、今の仕事でも活きていることは「好奇心」だと思います。自衛隊時代も、この法律や制度はなぜあるんだろうと背景を調べたり、その理論を理解して、仕組みや考え方を意識的に知るようにしていました。そうした毎日の知識や情報の収集分析の習慣が、今の仕事でも活用できているのではないかと思います。
自分を理解してもらうにはどうすればいいかを考えよう
ーーなるほど、常に何事も関心を持つことはどのような仕事でも通じる成長の因子かもしれませんね。最後にこれから再就職をする人に向けてのアドバイスをお願いいたします。
井澤さん:まず、自分の頑張りが認められないことへの不満がある場合は、転職するという決断があってもいいと思います。
自衛隊は、公務員組織なので、原則は年功と序列を基礎に人事管理する組織です。そのため、自分が提供した価値をそのまま評価してくれることは少ないでしょう。
そうした組織と理解して入隊をしていると思いますが、一方で、組織要求や処遇にジレンマや不満、不安を抱えることもあるでしょう。そのような状態では、組織に身を任せるだけではなく、自分で動くことも必要かと思います。自己実現を達成する主体は、自分自身であると自覚することが大事です。
ーーとはいえ、自衛隊から民間企業へは未経験での転職になるため、難しいのではないでしょうか。
井澤さん:いえ、難しいとは思いません。自分の強みをしっかり棚卸しし、採用者が理解し納得できる言葉で伝えられれば、十分チャンスはあります。
ただし、民間企業の方は自衛隊のことをほとんど知りませんので、自分の強みや、自分が貢献できることをいかに正しく言語化し、自分から伝えられるにかかってきます。
「自分から」がとても重要です。
なぜ理解してもらえないのかと相手にその責任を求めるのではなく、どうすれば自分を理解してもらえるコミュニケーションができるのかを考えることが大事です。転職活動とは、自分という商材を売り込む「営業活動」と理解しましょう。
そのためには、自分がかなえたいキャリアについて、自分から積極的に情報収集するとともに、進んでその分野の関係者とコミュニケーションし、自分をアピールすることが必要です。そうした中で、自分の強みの棚卸しもでき、自分がやりたいことも具体化できるようになっていくのだと思います。
これは転職に限らず、任期制隊員や定年自衛官の再就職にも当てはまることだと思いますので、参考にしていただけると幸いです。
ーーありがとうございました。井澤さんへメンターとしてコミュニティで直接話を伺えますので、ご希望の方は下記よりお申し込みください。